Sadistic Hunting 2


注意書き:今回もぶっ飛ばしてます。グロいの苦手な人は回れ右で願いますッ!
※:今回は挿絵もついてます。(大分下の方) 文字色が他と同じですが
   リンクは繋がっておりますので、ご覧になって下さい。

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「さて、どうした? まだ脇腹を少しえぐられて体を打ち付けた程度ではないか。
 反撃はどうした? さっさと立ち上がってこのDIOに攻撃してこいッ!」
「く、くそ……、がぁっ! がはっ! ぐぅぅう……ッ!!」
半ば呆れたような顔をして挑発してくるDIOに、貫かれ、えぐられた脇腹を押さえ
ながらコワードは鞭を振るうが、脇腹に痛手を負っている上にDIOのまさに人間
離れした怪力で壁や床に叩きつけられていては満足に動けるはずもなく、その
速度は以前と比べれば雲泥の差。当然そんな鞭捌きではDIOを討ち取れよう
はずもなく、いとも簡単に避けられてしまう。

「チッ。たかがこの程度の傷でこうまで性能が落ちるとは…。脆すぎてもはや
 遊んでやるにも値せぬな。少しは承太郎を見習えというのだ…」
そう言いながらDIOはまた指から血を吹き出すと、今度は気化冷凍法で瞬時にその
血を凍結、一直線ではなく僅かにDIOが指を振った状態で凍結したのでそれは
刃物の…ナイフのような形を作り、DIOは血液で作ったナイフを投げつけて瞬く間に
コワードの鞭をぶつ切りに寸断した。

「う…! あ、ああ…! そんな…、この鞭が…!!」
「少し前ならば不可能だったろうが、今の貴様が駆る鞭などミミズがのたくっているも
 同然。ならばこんな即席のナイフでも簡単に切り落とせてしまうというわけだ。クク…!」
戦闘において、武器の喪失はそれが激戦であればあるほど絶望させるものになる。
目の前のDIOという悪魔を前に聖水と鞭を無効化され、残る武器は決定打には
到底なり得ないナイフだけという状況は、コワードの精神を打ち砕くには充分すぎる
威力を持ち得ており…、それを見計らったようにDIOは口を開いた。


「さて、コワードよ。いい加減お前にも理解が出来ただろう? お前がこのDIOに
 勝利することはもはや100%不可能なのだよ。…そこでもう一度、尋ねようか。
 このDIOの仲間に…、吸血鬼とならぬかね? もちろん吸血鬼と言っても下等な
 食人鬼(グール)などにはしない。このDIOのような理性ある夜の一族の一員に
 してやろうというのだ。…これ以上意地を張ったところで、苦痛が増すだけだと
 思うぞ…? …今からでも考え直してみたらどうだね……?」

“…………、!? な、何だ? 痛みが…なくなっていく…? それに、気分も…
 …頭が急にふわふわと、気持ちよく……?”

…その言葉は、先程までの攻撃的なそれとはまるで違い。優しく…子供をあやす
ような柔らかなものとなり、コワードも…突然今まで体験したこともない、実に
奇妙な体感を感じ、これは何だと考えようとしたが、そこで間髪入れずにDIOが
また話しかけてくる。

「…現在も含め今までのお前は、吸血鬼狩人として危険に身を置き、死の可能性
 にも何度も出くわしてきた…まさしく苦痛だらけの人生ではないか。気の休まる
 時間、まして不安を感じない時などほとんどなかっただろう…? 分かるよ。
 このDIOも今まで、そう言う男達をごまんと見てきたからな…?」

“! この男…! …どうして…!? 誰にも言えない、言っていないことを…!?

心の中では考えていても、プライドや性格故にか口には出せなかったことを
目の前の男は、見事に言い当てた。…瞬きも忘れるほどに目がDIOに
一点集中し始めたコワードを前に、DIOは更に続けた…。

「お前はこれまで他の人間共の何倍も…何十倍も苦労をしてきたんだ。だから
 ここらで肩の力を抜くべきじゃあないかな? 人間、バランスというものが
 大切だ。緊張したならその後は緩め、緩めた後は緊張させる…。自分に
 厳しいその姿は立派だが、張り詰めてばかりでは神経もいかれてしまうぞ?
 お前には、緩める方… “安心する” 権利が十二分にあるのだぞ…?」
ふわりふわりと、母親が子供を抱きしめるように、頭を撫でてやるように…
DIOの言葉を聞いていると、自分が今まで心に持っていた重荷が軽くなって
いくように感じる。…さっきまではDIOの接近など決して許しはしなかったものが
それが今では、肩に手を置かれまでしていた…。

「…だからコワードよ。このDIOに仕えるのだ。さすればもう何を怖がる必要も
 いつ来るか分からない危険に神経をとがらせる必要もない…。このDIOも
 お前の今までの苦労に報いるような、大いなる安心を与えてやろう……」
肩に手を置く位置から、最終的には耳元に。DIOの言葉を文字通りに間近に
聞くコワード。今の状況は、まさしくチェックメイト寸前…。

“…そう。言われてみればそうだった。物心ついた頃からこうだったから疑問に
 思ったことはなかったが、よくよく考えてみれば今までの俺は……
 この男…。他人の話しかけてくる言葉を聞いて、こんなに安らいだ気持ちに
 なったのは初めてだ…。 今まで誰にも言えなかった、自分の苦悩…。
 それを見透かしたように言い当てた…!

 もしかして…、この男は、俺のことを理解してくれているのか…?”

…先程までは自分を全力で殺しにかかっていた男が、今ではすっかり態度を
違え…。コワードはすっかり心を鷲掴みにされてしまったように動きを止めて
しまっていた…

「…さて、問おう。…このDIOに仕えぬか? 頷けばその瞬間、お前は全てを
 手に入れることが出来るのだぞ…?」
そして、最後の一押し。花京院やポルナレフもこういうような方法で陥落して
きたのだろうし、今回のコワードも…。気分は既に夢うつつなのだろうか
既にあと指で一押し。哀れDIOの軍門に下ってしまうのかと思われた、その時!


「…こいつは…、お前の出す言葉は何よりも心地よく、いつまでも聞いて
 いたいと思う…。だが、だからこそ恐ろしいんだッッ!!」
「!! ヌゥゥゥッッ!?」
…と、思われたしかしその瞬間、コワードは今まで虚ろになっていた目をかっと
見開いて、DIOの元から飛び跳ね、距離を取った。見ればそのDIOは、最後の
仕上げと言わんばかりに肉の芽の触手を伸ばしており…、それを確認すると
コワードはぎりっと歯がみしてDIOを睨み付けた。

「…まさしく、師匠が教えてくれたとおりだぜ。『悪魔は皆優しいのだ』 か……!
 最初は痛めつけて恐怖を感じさせておいて、頃合いを見計らって優しい言葉を
 かけて懐柔する…。そして最後にその触手で仕上げってわけか? まったく
 油断も隙もない奴だ! そんなお前に一瞬でも心を動かされた、自分が憎いッ!」
やはり吸血鬼狩人だけあって、今までにも同じような誘惑を体験していたため
だろうか? とにかくコワードはDIOの誘惑と呪縛を振り切り、窮地に追い込まれて
いる状況ながらもまた我を取り戻したように目つきを鋭くしてDIOを睨み付けたが
…しかし、対するDIOは…自分の戦術が破られたというのに、最初こそ一瞬苦い
表情を見せるもすぐに何故かコワードに哀れんだような笑顔を向けて首を二三
横に振り、びっと彼を指さした。

「…フン。救えぬ奴だな。折角このDIOがチャンスを与えてやったというのに…。
 まぁ、いい。今更貴様が何を言ったところで、もう全てが手遅れなのだからな…!
 本来ならば肉の芽を使う必要もなかった…。もう、これで終わりだ!」
既にご破算になったというのにこの話しぶりに、どうせハッタリだろうとコワードは
笑ったが、しかし再びDIOに肩をまた血液弾で撃ち抜かれると、様子が一変した。

「! う、うぐ…! 何だ…!? 体が、熱い……!? それに、手足が…!?」
撃ち抜かれた場所は、肩。今のDIO程度の攻撃では特に体に異変を感じさせる
はずはないのだが…、しかし彼の予想とは裏腹に、体の奥から今まで感じたことも
ないような灼熱感が起こり、次いでついさっきまでは何ともなかった手足にも急に
痺れが生じてきて、まさかとコワードが顔を上げると正解と言うべきか。目の前の
DIOは実に嬉しそうに笑いながら彼を見下ろしていた。

「…フッフッフ。まさしくこのDIOの計算通りであったな! …なに、種を明かせば
 弾丸なり串刺しなりでさっきから散々貴様の体に打ち込んでいたこのDIOの血液
 だが、貴様ら生きている人間にとってはある種の毒のようなものでな。即ち一定量
 以上が生体に混入すると、そいつを吸血鬼化させる力があるのだよ! 今貴様に
 起こっている異変はまさにそれ。まだ撃ち込んだ血液の量が不十分故に完全な
 ものではないが、体が人間から吸血鬼への変化を始めているのだ…」
「な、何だと!? 吸血鬼化……だとぉっ!?」
そのDIOの言葉は、あまりにも衝撃的で…。最初コワードは幻聴かと自分の耳を
疑ったが、もちろんそんなことはなく。先程からの体の異変に身悶えていた彼の
顔は一気に愕然と青くなり、絶句した。

「う、嘘をつくな…ッ! そんなブラフを言ったところで俺は…、うぐ!?」
「ブラフ? …ククク。寝ぼけたことを。ならば更に血液を打ち込んでやろうか?
 すぐにDIOの言ったことが本当だと分かるぞ…? それにしても、馬鹿な奴よ。
 あのまま大人しく従っていればよかったものだが、しかしもう遅い。貴様はこの
 DIOに逆らったことへの報いとして、これから先刻とは違って最大限の苦痛を
 経て、吸血鬼化させてやろう……!」
DIOの言葉は嘘だと信じたいコワードだったが、しかし今までの戦闘や今自分の
体を襲う異変、そしてDIOの態度から鑑みるに彼の言葉は真実なのであろう。
…とすると、どうなる? 吸血鬼の殲滅を目的として代々生きてきた一族の一員の
自分が吸血鬼化するなど、頭に浮かべただけでもおぞましい。ましてこの吸血鬼の
下僕になってしまうとしたら……!?

「ふ、ふざけ……、くっ!! ば、馬鹿な…!? あ、足に力が…!?」
「無駄だ。無駄無駄。貴様がヴァニラのような “飛び抜けた” 精神をしているなら
 話は別だが、常人であれば…人間から吸血鬼へと肉体が変化するその過程に
 あるうちは、元々の10%の力も出せんのだ…」
何とか頑張ってDIOに抵抗しようと試みるも、彼の言う “吸血鬼への変化” の
影響だろう、コワードの足は今や痺れを通り越して感覚が失われ始めてしまって
おり、こうなってしまっては勝利はおろか、まともに動くことすら困難。いやそれ
どころか今やDIOの汚染は彼の意識にまで及んでいるようで、コワードは手を
頭に当ててぐらりと倒れ込んだ。

「おやおや、相変わらず体は正直なようだな…? ちなみに言っておいてやるが
 貴様はこの後吸血鬼化すると、生前の意思はどうあれ…何かしらの加護を
 受けていたとしてもこのDIOの下僕になるのだよ。…まぁ、お前は面白いからな。
 知性は残して、見合った任務を与えてやるとしよう…。…なに、簡単なものだ。
 今までお前は、数多くの人間共を救ってきたのだろう? ならば今度は、その
 逆をさせてやる。つまりそういう人間共を片っ端から殺戮し、吸血鬼に転生させて
 やるのだ。もちろんお前のその手でな…! クックック…!」
「!! な…何ぃぃ…!? ぐぐ……、ざけるな…! 誰が……くあっ!!」
…そして苦しむコワードを前にDIOが口にしたのは、世にもおぞましき言葉。
村人達は自分の帰還を心待ちにしているだろうが…、もしその帰還がDIOの
言うとおりになってしまったものであったら? 死神に変貌した勇者を前に
村人達の希望は、一気に絶望へと変わるだろう……。

「それにしても、手足を望んでいたところにこんな上質が手にはいるとは……。
 …では、さっさと料理するとしようか……」
もはや勝負は決したと言わんばかりに悠然と歩を進めるDIOに、コワードは
尚も立ち上がったが…、しかしその足はDIOには向かわず、自分が入ってきた
入り口に向かった。つまりは撤退というやつである。

“…このまま戦い続けても、今の俺ではどうなるかは分かり切っている…!
 不本意極まりないが、ここは一旦撤退だ…!”

「ほう、名前通りのように見えるが、なかなかに賢いと言わざるを得ぬな…。
追い詰められているのに引き際を知らず、特攻と突っ込んでくるのは勇敢では
なく無謀な愚か者であり、その意味では退くべきところは退いたコワードは
賢明だったと言える。…もっとも、たとえ賢明な行動をとったとしても、それが
当人の狙い通りに実を結ぶかどうかは別問題である、が。

「だが、甘い甘い。このDIOから逃れられると思うな……!」

逃走を開始した狩人を逆に狩るべく、DIOは目つきを鋭くして大きく深い笑みを
浮かべると、ふっとその場から姿を消した…。


「くそ…! この城は一体、どうなってやがる…! よくもこんな複雑な…!」
後ろを何度も何度も振り返りながら、コワードは必死に走っていた。
しかし
目の前に広がるのは
いくつもの扉と分かれ道で、完全な迷宮。どこが正解なのか
皆目見当も付かないが、立ち止まっていてはやられる…。これかと鋳鉄の扉を
勢いよく開けた、しかしその瞬間
「これで、これでこの城から脱……、うがァッ!?」
…どうやら、事態は彼の期待通りとはならなかったようで。コワードの肩には
先程DIOが気化冷凍法で作ったのと同じ、真っ赤なナイフが突き立っていた。

「残念! ハズレだ…! そしてはずした阿呆にはペナルティを与えねば、な。
 この先にもこういう類の罠は大量に仕込んであるから…、まぁ、せいぜい
 頑張って脱出してもらいたいものだな…? クックック…!」
「う、くぐ、ぐぐぐ……ッ!! こ、こんな、こんな……!!」
罠に見事にかかったコワードは苦悶の表情を浮かべたが、それも束の間。
後ろから現れたDIOがにやにやと笑いながら指をびっとさすと、肩に刺さった
ナイフはみるみるうちに溶け、同時に吸血鬼化が進んだ証…体を一層激しく
震わせて、がくりと地面に手をついた。

「さぁ、また一歩…お前が心から忌み嫌っている吸血鬼に近づいてしまったが
 まだまだ猶予はあるぞ…? …出口に向かって走れ走れ。クク…!」
…本来なら、罠にはまって身悶えている時に仕留めることも出来たはずが
敢えてそれもせず。にたりにたりと笑みを浮かべながら、どこぞの執事が
するように頭を深々と下げながら扉を開けた。
「く、くは…! ぐうううう……ッ!!」
さて一方のコワードといえば。…DIOと戦いを始める前の彼ならば今のDIOの
態度に間違いなく激昂してただろうものが、それが今ではどこへやら。先程
までは戦術として逃走を図っていたのも、今の目つきからすると戦術なのか
本心なのか既に怪しくなってきているところで…。

“危機的状況なら、今までいくらも経験してきた…! 死を覚悟したことも一度や
 二度じゃあない…! …だが、これは…!? そんな…、馬鹿な!? この
 俺が俺が吸血鬼になるだと…!? そんな戯言が…!?”

「さぁ、どうした? そんな歩みではこの城を出る頃には吸血鬼だッ!
 とっとと走れ、走れ! 鈍亀はこのままひねり潰すぞ!」
走る、走る。震えておぼつかない足取りで必死に走り、その後ろからはDIOが
やろうと思えば終わらせることも出来るはずなのに、足で軽く蹴ったり小突いたり
してむしろ彼が走るのを急かしつけ、完全に遊んでおり……

“ククク…! いい! いいぞ…! そうやってもっと必死に生にしがみつくのだ…!
 どこぞの闇人格の言葉ではないが、生への執着! 死にたくないともがくその
 様こそが、最高のスパイスとなり得るのだ…! …さぁ、死にたくはないだろう?
 まだまだ生きたいだろう? その執念をもっと見せてもらおうか…!”
その心に宿っているのは、悪鬼そのもの。瀕死のコワードの背後からDIOは、文字
通り彼を見下ろし、つかず離れずの距離でずるずると体を必死に引きずっている様を
体を時折震わせながら、某神父のような歪んだ笑顔を見せていた…。

「前に…、前に進むんだ…! あそこから外に出れば、あそこから…!」
DIOに蹴られ小突かれているコワードも、一歩、一歩。息も絶え絶えではあったが
目の前にある扉に向かっていく。目の前の扉、今までの他の扉と形が違っていた
のもそうだったが、同時にこれまた今までの他の扉とは違い、何かしら奥に潜んで
いるような気配が感じられない。…扉の向こうにそういうものがないとするならば…?

「もしかして、これが…出口に通じているのか…? いや、待て…!」
何も感じないからといって、何も仕掛けられていないとは限らない。混濁している
意識を何とか集中させて感覚を研ぎすますが…、ない。向こうには何かが潜んで
いる気配は、生物もモノも含め一切がない! あるのは空気の流れだけ。
…鋳鉄の扉の鋲に指をかけて重傷の体を半ば無理に起こし、震えを抑えて
取っ手を握って扉を開けると、そこには……!

「罠は…、何もない…な…! それに…扉もあるじゃねぇか…!」
まず扉を開けてすぐ部屋の中を見回し、罠の確認と手袋を投げ込んでみたが
怪しい点は一切見られない。つまりこの道は安全ということで、更に部屋の奥
には次の部屋に繋がっている扉も見える。出口に近づいていると直感で感じた
コワードは、尚も警戒しながら歓喜した様子で扉に向かった…が。しかしあと
少しで扉に手が届くかと思った、まさにその瞬間だった。
「これで…、出口にまた一…、うごっ!?」
何もないのに、腹部に拳で殴られたような衝撃を受けてよろめいた。またしてもの
予期せぬ事態に、罠はないと確信したはずなのにまさかと彼が顔を上げると…

「なっ!? ば、ばば、馬鹿なァッ!?」
…その目の前に広がる光景は、彼の脳裏に浮かんだ “あってほしくない” 光景
そのもので…。何と自分の回りを全て血液のナイフに取り囲まれていたのだ。
もはや回避行動を取る時間もなく、次の瞬間にはナイフの雨を浴びることになった。

「ど、どうして…!? 何も…、部屋の中には何もなかったはずなのに…!?」
「クックック…! “MUGEN・パニッシュメント” の味は如何だったかな…?
 罠はあらかじめ仕込まれているとは限らんし、仕込まれているとしてもお前の
 理解外の方法で仕込まれていることもある! 努々油断せぬことだ…」
全身にハリネズミのように血液のナイフが突き刺さり、苦しみに悶えるコワードの
後ろからまたDIOが現れ、意味深なことを言いながら部屋の中に入り、何と
ザ・ワールドを部屋から自分の元へと呼び戻した。つまりこの部屋には最初から
ザ・ワールドが隠れていたのだが、さしものコワードもスタンドまでは感知できる
はずもないので安全だと足を踏み入れ、罠にかかってしまったというわけである。

「無情に進む、カウントダウン…。今ので一気に進んでしまったな…!?
 ククククククク…! さて、次はあちらだろう? さっさと抜けるがいい…!
 早くせねば、今この瞬間にも吸血鬼になってしまうぞ…?」
一層楽しそうに笑うDIOはコワードが向かっていた奥の扉を指さし、あるいは
自分の指を切ってこれ見よがしに血を垂らし…、対するコワードは、もはや
立つことも出来ない様子で…血まみれの体を引きずりながら、はいずるように
して扉を開けて行った……。


“もう…意識もほとんどかすれて…、体も痺れが指先にまで来て、まるで自分の
 ものだって感覚がない…。…駄目…なのか…!? 俺はここで果てるのか…?

大量失血と吸血鬼化のためか、意識の混濁と体の麻痺が一層進行している
コワード。更には酷い寒気まで加わって、身を震わせながら壁に手を着いて
足を引きずって歩いているその様は、誰が見てもいつ死んでもおかしくないと
言うだろう実際に極めて危険な状態であり…

“…お、おいおい…? 何だって、今この時に…、今までの思い出なんかが
 蘇って…? …いや、ってことは俺は今、相当やべえってことに……
 …やっぱり、俺は死ぬのか…? こんな……”

「ぐ…、が、がはッ…! が、ああ……!!」
「うん? …何だ、もうお終いか? 所詮は人間、どれだけ意志が強かろうが
 脆い脆い。まぁそこそこには楽しめたが、ここらでお開きにするとしようか…」
そしてとどめと言わんばかりに、激しく咳き込むと同時に大量に吐血し。それを見た
DIOももう十分だと判断したのか、最後の一撃を叩き込むべくすっと右腕を高く
振り上げ、これ以上ないくらいに嬉しそうな笑みを浮かべて正に振り下ろそうと
した、しかしその瞬間だった。

「!? ぬ、ぐうッ!? こ、これは……!?」
…もう正に、殺害の本当に一歩手前まできていたDIOが突然その動きを止め
しかも顔をしかめて苦しみ始めたのだ。一体何が起こったと、コワードが顔を
上げて前方に向けてみると……

「あれ……、ひか、り……? え? お、おい…? あれ…ま、まさか…?」
彼が確認した、“モノ”…。それはこの館では今まで見られなかったものであり
見間違いではないかと、目をこすって再度辺りを確認してみると…、あった。
確かに通路を一直線に行った先の扉から、真っ白な光が漏れている…!

「チッ! どういうことだ…!? 何故あんな…!? ヌゥゥゥッッ!!」
その光を彼も確認したのだろう、DIOは顔を苦痛にゆがめてぎりぎりと歯がみ
すると、さっきまであれほどコワードの攻撃を食らっても平然としていたのに
急にその場から姿を消したのだ。

“あれは…、蝋燭の光みたいな弱々しいものじゃなかった。もっとまばゆい光!
 つまりそれは…太陽! …さっきまで後ろに張り付いてやがったDIOが
 消えたのも、あの光を恐れているから…! …間違いない。あれこそが
 出口だ! あそこに到着さえすれば…!”

生ある者に…生きとし生けるもの全てに恵みを与える太陽の光。それにまさか
これほどありがたさを感じるとは…! げほげほと咳き込みながら、しかし
目に涙を浮かべてコワードは必死に扉に向かって足を進める。…近づくに
つれて、不思議なことにあれほど辛かった体の痛みも痺れも、どんどん
消えていくように感じる。

“これで…、これで死なずに済む! 死にたくなんか……!!”
本当に命の危機にさらされれば、誰しもがこうなるだろう。ぜいぜいと息も大きく
ほぼ感覚のなくなった指を何とか必死で扉の取っ手にかける。扉が開けられ
光が大きくなるにつれて、コワードの顔がくしゃくしゃに、うれし泣きになっていく…!
そしてやっと、コワードは扉を開けることに成功した! …成功…した?
扉が全て開かれた瞬間、彼はそこに飛び出すことなくその場に立ちつくした…。


「え……? な、何だ…これ? おい……?」
…その眼前に待ち受けていたモノは、“太陽の光” を放っていたはずのモノは…?
時間停止もかかっていないはずなのに、コワードが一切の動きを止めると…
「やれやれ。追い詰められた状況ならば、こんな三文芝居でも簡単に通じてしまう…。
 平常時は聡明でもマヌケでも、緊急時にとる行動はいずれも同じようなものか…」
その背後からさっきまで姿を消していたDIOが現れ、肩にぽんと手を置いた。

「…このDIOは、徹底主義者でな。貴様も言っていたではないか? “窓を
 全て閉め、太陽の光が全く入っていない” と。…そう。このDIOが最も嫌悪
 する太陽の光など、一筋たりともこの館には入るはずがないのだよ。しかし
 それでも尚、何かしらの光が見えたとするならば…?」
呆然と硬直するコワードの前にあったのは、出口への扉ではなく…、ゲームなど
ではある意味お馴染みだろう、外側は女性をかたどった棺桶のような形をして
内側にびっしりと鋭い鉄串が生えている処刑器具・鉄の処女(アイアンメイデン)だった。

「…まぁ、職業柄お前もこいつのことは知っているだろうが…一つ。こいつは少し
 変わった特性を持っていてな。いつも表面は鈍色なのだが、蝋燭の光に
 照らされると実にまばゆい光を放つのだよ。太陽と見紛うような光を…な?」
「あ、ああ……、こ、こんな…! まさか、俺は…!」
出口だと思って辿り着いた先は、その実出口とはまるで正反対の最悪の処刑室。
もうこれで助かると思っていたコワードは一気に絶望に突き落とされ、最後の力が
抜けたようにがくりと崩れ落ちると、DIOはそんな彼の首根っこを掴んだ。

「クックック…! さて、改めて聞くが…、貴様はどうしても吸血鬼にはなりたく
 ないのだろう? しかし体内には既に吸血鬼の血が大分入ってしまっている…。
 そんな状況で吸血鬼化を防ぐには? …答えは簡単! 全ての血液を体内から
 流し出してしまえばよいのだ! そう! こういう風にしてなぁッ!」
首根っこを掴んでつまみ上げたら、その次にやることはいうまでもない。DIOは
鉄の処女の上蓋を開けると、その中にコワードを叩きつけるように押し込み…
「うわぁぁッッ!! …や、やめ、やめろぉぉおあああああッッッ!!」
…彼の最後の、必死の抵抗もどこ吹く風。血まみれの手足を凍結させて
鉄の処女に固定すると、いよいよ…。針山の上蓋をゆっくりと…閉め。
…直後、大絶叫が部屋中にこだました…


「…まぁ、あれだ。鉄の処女はわざと急所を外して鉄串を設置してあるから、運が
 良ければこのDIOの吸血鬼の血が抜けて、無事生還できるかもしれんな?」
…蓋を閉めた直後に響いた絶叫を聞いて、これにて獲物を完全に仕留めたと
言わんばかりに不敵に笑うDIO。口では助かる可能性があるようなことを言って
いるが、実質それは赤いインクが溶けた透明な水を丸ごと排水して元の透明な
水に戻そうとしているようなもので、どうあがいても生還の可能性などない。
…そもそも、聞こえてすらいないだろうが……

「そんな…! ば…馬鹿…野郎…! お、俺が、こんな……! ああ、うわ…
 ああああああああああああああああぁぁあああ!!!」 
…さて一方のコワードと言えば。今の状況はまさにゲームオーバー一歩手前。
彼が断末魔と悲鳴をあげ、動かない体ではあったがそれでも激痛に耐えかねて
がたがたと暴れると、DIOは目を細めて実に満足そうな顔をして聞き入っていた。

「クックックック…! いいぞいいぞ…! この鉄の処女はな。わざわざ隙間を
 作って中に入った者の悲鳴が聞こえたり、血しぶきが見えるようにしてあるの
 だよ。貴様もなかなか良い仕事をしてくれている…!」
コワードが中で叫べば、鋼鉄に反響して動物の雄叫びにも似たような音が聞こえ
彼が中で暴れれば、側面に開けられた隙間から血が勢いよく壁に飛び散る。
「さて、これでお前の人間としての時間ももう後少しだな。…まぁせいぜいその
 僅かな時間を使って、楽しませてもらうとしようか……」
…始めは大きかった絶叫と血しぶきも、時間が経つにつれてどんどん小さく
なっていく。それ即ち、コワードの最期が迫っているということである。

“手を、放すな…! 諦め…る…な…!! ここで終わるなんて、そんな…!
 相打ちにすらなれないで…なんて…!”

鉄の処女内部の暗黒空間にて、ここで諦めたら終わりだと彼も必死に粘って
いたが、その強固な精神力も生命の理に勝ることは出来ず。血液が流れ出て
生命力が消えていくに連れて、コワードの絶望は肥大化していき……

“死ね…な…い。死にたく…ない。俺は、まだ………”

…そして、最期の時間がとうとう訪れた。完全に鉄の処女から悲鳴も血しぶきも
消え失せ…、静寂。それが意味するところは……

「…さてと。それではこれにてこのDIOの忠実な新生下僕の第一号が誕生だ。
 これからは名前も “コワード” から “ブレイブ” にでも改称してやるかな…!?
 クク、ククク…! フハハハハハ!! WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!」
もはやこれにて完全に準備は終了。良いモノを手に入れることが出来たとDIOは
体をのけぞらせて実に嬉しそうに、楽しそうに大笑いをした…。

挿絵

……………………………………………………

「……さぁ、起きるがいい。もう目覚めの時間だぞ……」
「…………!! う、うう…!?」
それから、しばらく。誰かが呼ぶ声に彼は目を覚ました。…見ると目の前には
自分に声をかけた男、DIOが笑みを浮かべて椅子に座っていた。

“俺はどうして、こんなところに…。…いや、思い出してきた。俺が何故ここに
 こうしているのか。…今俺の前にいるあの男と、戦っていた……”
…今自分の前にいるのは、自分が先程まで死闘を演じていた男。それを覚えて
いた彼は、DIOの姿を確認すると勢いよく後ろに飛び跳ね、身構えた。また
戦いが始まるかとも思われたが……

「…さて、コワード…改めブレイブよ。お前はこれで人間から吸血鬼になった
 わけだが、新しい体の調子はどうだ? お前ほどの実力を持つ者なら
 あっという間になじむ…だろうがな」
「…はい。素晴らしい…です。この力、この感覚…。体には力がみなぎり、頭は
 冴え渡る…! これが吸血鬼というものですか…! まさかこれほどとは…!」
しかし、まさしく宣言通り。絶命の後にDIOの血液で蘇ったコワード…現在の
ブレイブにはもはやDIOを討伐しようなどという考えはどこにもなく。元が吸血鬼
狩人であった事も忘れたように、今では吸血鬼となった我が身に歓喜している
有様で…。DIOもそんな彼の様子を見て満足そうに微笑むと、椅子から立ち
上がって彼の方へと近寄っていった。

「そう。吸血鬼というのは素晴らしいものだ。ならば…お前の知っている人間
 たちにも、この素晴らしさを教えてやるべきではないかな? 病も怪我も寿命も
 命を脅かすものは何もない、永遠に続く理想郷…。まさに神の世界よ」
「…その通り…です。私も何故、以前はこれが理解できなかったのか……。
 人間の時分、DIO様に無礼をはたらいたことをお詫びしたいと思います…」
…かつての姿はどこへやら。吸血鬼に歓喜した次は、事もあろうに先の戦闘を
自分の無礼と称してDIOに頭まで下げている。その目もあわよくばDIOの隙を
伺うために油断させようという色は浮かんでおらず、心の底から心酔した
目つきになっていた……。

「そうか、詫びか…。まぁ気にするようなものでもないが、それならば、一つ
 お前にこれから最初の任務を与えようか…。…確かお前にここに来るように
 言っていた人間達がいたな? まずはそいつらを全部こちら側の…吸血鬼の
 世界に連れてきてやるのだ。一人残らず…な」
「…承知いたしました。必ずやDIO様のご期待にお応えいたします……」
…その言葉に宿るのは、心からの忠誠。ブレイブは立ち上がると一礼、くるりと
踵を返して任務を達成すべく館から外へと出て行き…、その後ろ姿をDIOは
にやりと、どす黒い期待がこもった笑顔で眺めていた…。

「…さて、奴にこのDIOの討伐を依頼したあの連中は、奴の帰りを嬉々として
 迎えるだろう…。もっとも、その直後にはどうなるかは火を見るよりも明らか…。
“絶望の勇者” のご帰還か。…連中はどんな顔をするだろうな…?」

…そしてDIOが再び椅子に腰掛け、ワインを注いで本を開いたその時
窓の外で大きな悲鳴がいくつもいくつも聞こえてきた…。今は閑散としたこの
洋館が、付近の人間が恐れて近づかないこの場所がそうでなくなるのも
あとほんの、少しの時間だけのことであろう……。

終焉

斜刺
http://2nd.geocities.jp/e_youjian/ld-rutubo
2009年09月26日(土) 23時47分30秒 公開
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■作者からのメッセージ
「書きたくて書いた」 黒い方向にベクトル向けたのがこいつです。
リョウアリその他のほのぼのだったり甘々だったり書いてると、ときどき
こういうのが書きたくなり…、得意キャラのDIOを使ってやってみましたッ!
ちなみに
コワード:英語で「臆病者」の意。ブレイブは「勇猛」を意味します。
むしろこの話では「無謀」の意味で名付けた方が良かったかも
しれませんが。

次回はほのぼのか甘いのか、どっちか投下します。キャラは多分魔理沙か
アリスッ!(あるいはハルヒ!?)

この作品の感想です。
やってる事は怖いのにそれをカッコいいにするお方……
さすがDIO様です。
こんな怖いシリアスも超甘いカップリングも書けるお方……
さすが斜刺さんです。
50 店芯反 ■2009-09-28 01:13:02 123.220.60.31
さすが斜刺!
おれたちに書けないブラックなSSを平然とやってのけるッ 
そこにシビれる! あこがれるゥ

ホラー系小説なのに被害者系キャラではなく
悪役系キャラがかっこよく思えるのは、凄いとしか
言いようがありません!!
50 黒帽子 ■2009-09-26 23:39:06 124.96.240.83
合計 100
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